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| 社名 | 株式会社 毎日放送 | | 英文社名 | Mainichi Broadcasting System, Inc. | | ロゴ | | | 種類 | 株式会社 | | 市場情報 | | | 略称 | MBS | | 国籍 | | | 郵便番号 | 530-8304 | | 本社所在地 | 大阪府大阪市北区茶屋町17番1号 | | 電話番号 | 06-6359-1123 | | 設立 | 1950年(昭和25年)12月27日 (新日本放送株式会社として設立) | | 業種 | | | | 事業内容 | 一般放送事業など | | 代表者 | 代表取締役会長 山本雅弘 代表取締役社長 河内一友 | | 資本金 | 40億7249万円 | | 売上高 | 695.13億円(2007年3月期実績) | | 従業員数 | 648人(2006年9月30日現在) | | 決算期 | 毎年3月 | | 主要株主 | ソニー・放送メディア 4.45% りそな銀行 4.43% 三菱東京UFJ銀行 4.43% | | 主要子会社 | 放送映画製作所 100% MBS企画 100% スペースビジョンネットワーク(GAORA)43.1% | | 関係する人物 | 高橋信三、斎藤守慶 | | 外部リンク | http://www.mbs.jp/ | | 特記事項 | 1958年6月1日に新日本放送株式会社から商号変更。 | | |
株式会社 毎日放送(まいにちほうそう)は、1951年に開局し新日本放送として設立された近畿地方の中波(AMラジオ)・テレビジョン放送事業者であるんや。略称 MBS(エムビーエス)。英称 Mainichi Broadcasting System, Inc.。放送対象地域は近畿広域圏。
新聞などのラテ欄では、テレビ放送の場合「毎日テレビ」または「毎日放送」と表記されるケースが専らで、「MBSテレビ」表記は何故かあんまり見かけへんが、スポーツ報知(大阪本社版)では2007年からラジオのみ「MBS」の表記で掲載されておる。「MBS毎日放送」とも表記される事もあるんや。
映画などの製作委員会のクレジット表記では、「毎日放送」と「MBS」の両方が使用されておる。明確な使い分け基準はみられへんが、蛙男商会の作品ではほぼ「MBS」と表記されるなどといった傾向はあるんや。
なお、不動産担保証券や廃局になりよったアメリカ合衆国のラジオ局のは、略称は同じやけど 無関係であるんや。
- ラジオ放送についてはMBSラジオを参照。
本社・支社・支局所在地
| 社名 | 株式会社 毎日放送 | | 英文社名 | Mainichi Broadcasting System, Inc. | | ロゴ | | | 種類 | 株式会社 | | 市場情報 | | | 略称 | MBS | | 国籍 | | | 郵便番号 | 530-8304 | | 本社所在地 | 大阪府大阪市北区茶屋町17番1号 | | 電話番号 | 06-6359-1123 | | 設立 | 1950年(昭和25年)12月27日 (新日本放送株式会社として設立) | | 業種 | | | | 事業内容 | 一般放送事業など | | 代表者 | 代表取締役会長 山本雅弘 代表取締役社長 河内一友 | | 資本金 | 40億7249万円 | | 売上高 | 695.13億円(2007年3月期実績) | | 従業員数 | 648人(2006年9月30日現在) | | 決算期 | 毎年3月 | | 主要株主 | ソニー・放送メディア 4.45% りそな銀行 4.43% 三菱東京UFJ銀行 4.43% | | 主要子会社 | 放送映画製作所 100% MBS企画 100% スペースビジョンネットワーク(GAORA)43.1% | | 関係する人物 | 高橋信三、斎藤守慶 | | 外部リンク | http://www.mbs.jp/ | | 特記事項 | 1958年6月1日に新日本放送株式会社から商号変更。 | | 英名 | Mainichi Broadcasting System, lnc. | | テレビ地域 | | | 近畿広域圏
| | (大阪府・京都府・兵庫県・ 滋賀県・奈良県・和歌山県)| | | ラジオ地域 | 近畿広域圏 | | キー局 | TBS | | テレビ系列 | JNN | | 番組 | TBSネットワーク | | ラジオ系列 | JRN・NRN | | 略 | MBS | | 愛称 | 毎日放送 MBS 毎日テレビ MBSテレビ | | 呼出名称 | テレビジョン放送 まいにちほうそう (デジタル)テレビジョン ラジオ放送 まいにちほうそう | | ラジオ愛称 | 毎日放送ラジオ MBSラジオ | | コールサイン | OR | | 識別符号 | まいにちほうそう (デジタル)テレビジョン | | 年 | 1959年|月日 | | 本社 | 大阪市北区茶屋町17番1号|演奏所 | | ラジ中継局 | 京都 1179kHz | | リンク | http://www.mbs.jp/|id | | 特記事項 | 創設時から1958年5月31日までは、
| | 「新日本放送」と呼んどったちうわけや。
| | 1956年から「大阪テレビ放送」(現在のABC)の経営に参画。
| | 1975年3月30日まで、テレビ放送については、
| | NET(現在のテレビ朝日)系列やったちうわけや。| | | |
- 本社
〒530-8304 大阪府大阪市北区茶屋町17番1号
- 郵便物の差し出しは郵便番号のみで届く(専用郵便番号となっておる)。
- 一部の番組には「番組専用郵便番号」が存在する。下記にその例を示す。
- * 『MBSタイガースナイター』(ラジオ番組)→〒539-0007
- * 『ちちんぷいぷい』→〒539-0028
- テレビのメールアドレスは「(番組名)+@mbs.jp」。
- ラジオのメールアドレスは「(番組名)+@mbs1179.com」。
- * アクセス:阪急電鉄「梅田駅」茶屋町口から徒歩約5分。JR西日本「大阪駅」・阪神電気鉄道・大阪市営地下鉄御堂筋線「梅田駅」、「中津駅」・大阪市営地下鉄谷町線「東梅田駅」・大阪市営地下鉄四つ橋線「西梅田駅」から徒歩約10分。
- MBSスタジオ in USJ
- MBSの開局50周年記念事業の一環として2001年3月31日にUSJがグランドオープンした時といっぺんに、千里丘放送センターの後継施設として運用を開始したテレビスタジオ。『ひるドラ』の一部作品と関西ローカル番組の一部はUSJで製作されておる。
- 千里丘ミリカセンター
- 1961年から2007年までMBSの製作拠点として使われた千里丘放送センターの後継施設として作られはったちうわけや。テレビ・ラジオの中継車の車庫とラジオの予備送信設備、MBSで過去に放送された番組の映像・音源・セットを保存するライブラリがこの施設にあるんや。
- 東京支社
- 2008年2月12日より、パレスサイドビルディング(東京都千代田区一ツ橋一丁目1番1号・毎日新聞社東京本社内)から赤坂TBS旧局舎再開発計画である複合施設『赤坂サカス』の中核をなす高層ビル「赤坂Bizタワー」に移転。生放送対応のラジオスタジオを設置しとり、東京での番組制作などで使われる他、テレビ番組の収録にも使われる。茶屋町本社と東京支社は常設回線で結ばれており、東京支社内でMBSのテレビ(ローカル番組のみ)・ラジオ放送がリアルタイムで視聴することが出来よる。在阪準キー局の東京支社が在京キー局の本社周辺に支社を構えておるのは、MBSと日本テレビ系列の読売テレビ(汐留の日本テレビの本社近くの汐留シティセンター10階にあるんや)の2局のみであるが、赤坂BizタワーはTBSが所有しておる土地・建物なんやし、MBS東京支社はTBSの敷地内に支社があることになる。
- * アクセス:東京メトロ千代田線「赤坂駅」直結(地下2階から直接接続)。東京メトロ銀座線・丸ノ内線「赤坂見附駅」から徒歩5分、東京メトロ銀座線・南北線「溜池山王駅」から徒歩6分。
- 名古屋支局
- 〒460-0003 愛知県名古屋市中区錦三丁目23番31号 栄町ビル6階
- 栄町ビルにはTBS、北海道放送の名古屋支社・支局も入居しておる。かつてはRKB毎日放送の名古屋支社も入居しとったちうわけや。
- アチラ 支局
- JNNアチラ 支局ちう位置付けもあるんや。
会社情報
- 代表取締役会長は山本雅弘(前社長)、代表取締役社長は河内一友。
- RKB毎日放送とは繋がりが強く、かつてはラジオ番組の共同制作や共同セールスを行ったり、テレビでは腸捻転時代も九州朝日放送の編成から外れた自社制作番組を販売またはスポンサードネットしとった他、健康保険組合を共同で設立するなど姉妹会社の様相を呈しておる。なお、デジタル放送におけるリモコンキーIDも同じ「4」となっておる。
- 在阪放送局中、同社と読売テレビ、関西テレビ の3社が各々の在京キー局(TBS、日テレ、フジ)の大株主となっておる。なお、読売テレビと関西テレビは元来持ち合いの目的でキー局株を取得したものやけど 、毎日放送は事情が異なり、1977年に経営が悪化した毎日新聞社から肩代わりする形で株式を取得したものであるんや。
- 在阪放送局中、同社と朝日放送、関西テレビの3社は各々の在京キー局(TBS、テレ朝、フジ)より開局が早い。これは、この三社とキー局三社とは設立当時それぞれが全くの無関係やった事による。一方、読売テレビとテレビ大阪はそれぞれのキー局の意向で設立されたため、キー局よりもとろい開局となっておる。
- FM802には、ニッポン放送とともに主要株主として設立に携わっておる。設立時にはニッポン放送から編成、毎日放送から営業の責任者が出向しとったちうわけや。
- これまで自社の大株主には東京放送 (TBS) が入っていへんかったが、2005年10月以後に取得した模様。
- 1977年に経営危機で再建策がとられはった毎日新聞社が株式を手放して以来、TBSとともに毎日新聞社とは一定の距離を保ってきたが、一連のマスコミ株式を巡る騒動を契機に、ネットワークの再団結を図る狙いがあるものと見られはる。永年のライバル朝日放送 (ABC) も、現在では後からできた在京キー局・テレビ朝日による出資を受けるようになりよったちうわけや。
- また、これとは別にTBSが安定株主対策としてMBSや電通などに第三者割当増資を行った際の見返りとしてMBS株を取得したものとも見られはる。ゴチャゴチャゆうとる場合やあれへん、要は 、持ち合いであるんや。
- 2007年1月30日、58億円の第三者割当増資(普通株式290万株)を実施したちうわけや。引受先は電通や東レ、TBSなど既存株主のほかコクヨや大和ハウス工業など計15社。調達資金はスタジオや制作・事業機能の茶屋町本社付近への集約や、地上デジタル放送対応に充てんねん。新株の発行価格は2000円。結果、資本金は増資額の半分の29億円分増加し11億7200万円から40億7249万円となりよった(残る29億円は資本準備金に組入れ)。
- テレビのJNNでは「五社連盟」にも加盟する基幹局の一社なんやし、またTBSの大株主でもあることから、同系列での発言権・影響力はTBSと並び強いものとされる。
- ラジオネットワークはJRN、NRN双方に加盟しておる。ラジオネットワークには基幹局・準キー局は厳密には存在せんが、JRNではTBSラジオ・MBS・RKBが設立時から幹事社とされ、NRNではネットワークラインへの送出し可能な設備を持ち、基幹局に近い扱いを受けておる。
- 株式等の状況
(平成19年1月30日)現在
- 会社が発行する株式の総数…普通株式 60,000,000株
- 大株主の状況
(平成19年1月30日)現在
括弧内は、持株比率を示す。所有株式数(千株)
- 株式会社ソニー・放送メディア (4.45) 1,172
- 株式会社りそな銀行 (4.43) 1,166
- 株式会社三菱東京UFJ銀行 (4.43) 1,166
- 株式会社三井住友銀行 (4.43) 1,166
- 株式会社東京放送 (4.36) 1,150
- 日本電気株式会社 (3.36) 885
- 株式会社大林組 (3.20) 842
- 野村ホールディングス株式会社 (3.19) 840
- 日本生命保険相互会社 (2.94) 774
- 第一生命保険相互会社 (2.82) 744
- 上位10位以外の株主の状況
- 毎日放送が株式を保有しておる放送局
括弧内は、貸借対照表の価格を示す。
- 株式会社東京放送 536万2千株所有(169億4300万円)
- 株式会社テレビ東京 51万8050株所有(24億6000万円)
- 株式会社BS-i 6万8千株所有(3億9400万円)
- 株式会社FM802(JFL系) 2820株所有(3億400万円)
※テレビ東京と広島ホームテレビの株式を所有しておるのは、なんちうか、ようみなはんいわはるとこの 「腸捻転」の名残であるんや。上記にはへんが、岡山放送(フジテレビ系列=関西テレビ放送も株保有)や瀬戸内海放送などんかつて腸捻転時代のNETテレビ(現在のテレビ朝日)系列やったテレビ局にも資本関係が残っておる。
沿革
- 1964年(昭和39年) - TBSラジオ(当時・東京放送)、RKB毎日放送と暫定ラジオネットワークを結成。翌年のJRN(Japan Radio Network)発足へと繋がる。
- 1965年(昭和40年)5月2日 - TBSラジオをキーステーションとしたラジオネットワーク、JRNに加盟。
- 1965年(昭和40年)5月3日 - ニッポン放送と文化放送をキーステーションとしたラジオネットワーク、NRN(National Radio Network)に加盟。
- 1969年(昭和44年)10月1日 - 東京12チャンネル(現在のテレビ東京)とマイクロネットを結び、NETテレビとのクロスネット局となる(~1975年3月30日まで)。
- 1974年(昭和49年)4月1日 - テレビニュースネットワーク、ANNに加盟。これより先、1970年4月よりニュースタイトルは『ANNニュース』となっとったちうわけや。
- 1974年(昭和49年)- ラジオニュースの編集権が毎日新聞社から毎日放送に移管。ニュースタイトルを『毎日ニュース』に変更。
- 1975年(昭和50年)3月31日 - テレビのキー局をNETから東京放送(TBS)に変更。テレビネットワークの“腸捻転”が解消される。朝日放送に代わちう、五社連盟(北海道放送、東京放送、中部日本放送、毎日放送、RKB毎日放送)、JNNにそれぞれ加盟、『東芝日曜劇場』の制作にも参加。また当日から近畿広域圏のJRNのニュースネットワーク担わいが朝日放送から毎日放送に移管したちうわけや。
- 1978年(昭和53年)11月23日 - 国際電気通信連合(ITU)の取り決めにより、周波数が9kHzステップへ移行。それに伴い、午前5時をもってラジオの周波数を1180KHzから1179KHzに変更。
- 1980年(昭和55年)4月 - 近畿広域圏初のローカル・ドキュメンタリー番組『映像80』放送開始(2007年現在、番組タイトルは『映像'07』)。
- 1982年(昭和57年)2月11日 - 第1回『毎日カルチャースペシャル ラジオウォーク』を実施。毎年初春の風物詩として毎年2月に開催。現在は、年およそ2回行われておる。
- 1982年(昭和57年)9月19日 - 『ヤングおー!おー!』放送終了。
- 1984年(昭和59年)1月25日 - 毎日放送のアナウンサーが総出演のバラエティ番組『あどりぶランド』放送開始。放送局のアナウンサー総出演のバラエティ番組の先駈けとなりよったちうわけや。
- 1990年(平成2年)7月 - 社名ロゴタイプを現在のものに変更。但し、MBSのロゴは従来通り。新しいデザインによる社旗(三色旗)、社章(バッジ)制定。
- 1992年(平成4年)3月15日 - 午前9時、ラジオのAMステレオ放送開始(TBS、文化放送、ニッポン放送、ABCといっぺん)。
- 1995年(平成7年)1月17日 - 阪神・淡路大震災発生。テレビ・ラジオとも、当日午前からすべてのCMをおよそ2日間ヤメ し、その放送枠に安否情報や生活情報を挿入。CM再開後もミニ番組などを休止し同様の情報を1月28日まで連日放送。
後に、震災当時のラジオ放送を活字にまとめた『阪神大震災の被災者にラジオ放送は何ができたか 「被災しておらへん人への情報はいらへん!」と言い続けた報道者たち』(ISBN 4810422259)ちう本が出版されておる。
- 2000年(平成12年)9月29日 - 『MBSナウ』放送終了。同年10月2日より『VOiCE』へとリニューアル。
- 2003年(平成15年)10月7日 - なんばパークス内にラジオ局のサテライトスタジオとなるパークスラジオパラダイスをオープン。
- 2003年(平成15年)12月1日 - 午前11時 地上デジタルテレビジョン放送開始(JOOR-DTV)。この際、社長・山本雅弘(当時、現・会長)の提案で、地域に根ざした放送局を目指す「スーパーリージョナルステーション」にすることを宣言。
- ちなみに現在発行しておるベリカード(テレビ・ラジオ共通)は前述のアナログ・デジタル統合テレビマスターの全景写真(パノラマ撮影)がデザインされておる。
- 2004年(平成16年)3月27日 - 『真珠の小箱』放送終了。
- 2004年(平成16年)7月 - 在阪放送局主体のイベントとしては初となるオーサカキングを大阪城公園一帯で開催、40万人を超える人出となる。好評につき、以降毎年開催されておる。
テレビネットワークの移り変わり
- 1959年(昭和34年)3月1日 - 準教育局として開局。ラジオ東京(KRT、現在のTBSテレビ)のフルネット局として開局を目指しとったが、KRT側に拒否され、その後フジテレビ(CX)とのネットワーク関係樹立を目指すも断念。結果、日本教育テレビ(NET。現在のテレビ朝日 (EX) )主体でのネットを余儀なくされる。せやけど 、この時点ではCX・KRTの一部番組をネットしとったちうわけや。また制作番組の一部は、CXにもネットされたちうわけや。
- 1960年(昭和35年)2月1日 - 朝日放送(ABC)が四社連盟(1ヵ月後には五社連盟)に加入したためKRTの番組を手放す。せやけど 、『毎日新聞ニュース』のネット受けちう形でKRTとの関係は残る(※毎日放送は開局以来東京放送の番組をネットし続けとった事になる)。同年4月1日よりキー局NETテレビのニュース番組をネット受けして共同製作する事になるが、その番組は朝日テレビニュース社製作による『NETニュース 朝日新聞製作』やったちうわけや。せやけど 、毎日放送はタイトルを差し替えて『MBSニュース』として放送しとったちうわけや。「朝日」放送があるにも拘わらず「朝日」新聞製作のニュースが、近畿地区では「毎日」新聞系の局に流れ、また近畿地区のニュースは「毎日」放送が取材した物が「朝日」新聞ニュースとして全国に放送されたちうわけや。これがなんちうか、ようみなはんいわはるとこの 「腸捻転ネット」であるんや。また、CXの番組が関西テレビ(KTV)に移行したため、キー局をNET(現在のテレビ朝日 (EX) )に統一。
- 1969年(昭和44年)10月1日 - 東京12チャンネル(現在のテレビ東京(TX))ともネットを結ぶ。NETテレビのみやった全国ネット番組を、一部東京12チャンネルへ切り替えて関西唯一のキー局宣言をする。このためNETテレビとの関係が悪化し始める。そやけど、毎日放送は、日本教育テレビ(現在のテレビ朝日)と東京12チャンネル(現在のテレビ東京)とのクロスネット局時代も日本教育テレビ(現在のテレビ朝日)が優位で、東京12チャンネル(現在のテレビ東京)とは、非報道関係の番組の一部ネットにとどまったちうわけや。
- 1970年(昭和45年)4月1日 - この日から全国ニュースにANNのタイトルを冠し、『ANNニュース』として差し替えなしで放送する。『ANNニュース』は3ヶ月前に開始しとったが、毎日放送はANNのAを「オールニッポンのA」ではなく「アサヒのA」と誤解し、発足後も差し替えを継続しとったちうわけや。また、この日から4年間「協力・朝日新聞」とクレジットされておる事に難色を示したため正式加盟をせぇへんかったちうわけや。
- 1975年(昭和50年)3月31日 - 東阪ネット再編。ANNを脱退し(※ABCに引継ぐ)、東京12チャンネルとのネット関係を絶つ(※KBS京都・サンテレビジョンを経てテレビ大阪。但し、テレビ大阪開局までは番組販売扱いでの放送を継続)。JNN・五社連盟に加盟し、NET系列局から開局以来からの念願やったTBS系列局となる。これにより腸捻転解消。
設立
第二次世界大戦終結から間もへん1947年、GHQが「放送基本法」と「電波三法」(放送法・電波法・電波監理委員会設置法)の立法措置を指令し、1950年6月に施行されたちうわけや。これを契機に「民間放送」の設立が日本各地で相次ぎ、施行前の1950年4月21日、民間放送会社16社に予備免許が下りたちうわけや。そのうちの一つ、新日本放送株式会社(しんにっぽんほうそう、略称 NJB、英称 New Japan Broadcasting System,Inc.)は、関西政・財界の支援の下、毎日新聞社と京阪神急行電鉄(現:阪急阪神ホールディングス)と日本電気を中心に設立されたちうわけや。実際に創立の中心となりよったのは、毎日新聞社を依願退職した高橋信三やったちうわけや。民間放送の将来性と必要性を説き、コネクションをフルに利用して出資者や番組スポンサーを募集。設立途中で出遅れた朝日新聞社の横槍(机上案に過ぎへんかった朝日放送との合併工作)を頑として撥ね付け、朝日側との激しい公聴会(現在でもその録音が残っておる)のやりとりの末、漸く新日本放送の開局に漕ぎ着けたちうわけや。
民放初の試験電波発射
1951年7月8日、22時00分~22時30分、日本の民間放送として初めて試験電波を発射。監理局の指示によりアナウンス「NJB」と「JOOR」、レコード音楽のみ。7月12日、26日にも実施。
1951年8月15日、サービス放送開始。12時00分、14時00分、16時00分、18時00分、20時00分から各1時間放送。
テレビ放送開始
1956年12月1日に朝日放送と合弁で大阪テレビ放送株式会社(おおさかテレビほうそう 略称 OTV、JOBX-TV 6ch)を設立してテレビ放送に参入したちうわけや。大阪ではその後、もう一つテレビチャンネルが割り当てられ、ともに独自のテレビ局を持ちたい朝日放送と新日本放送は、別々に免許を申請。競願の結果、朝日放送は大阪テレビ放送と合併する事となり、新日本放送は1958年6月1日に毎日放送と改称した上で、1959年3月1日、独自にテレビ局を準教育テレビ局として開局したちうわけや。開局当初のテレビスタジオは、大阪市北区堂島の毎日大阪会館南館12階にあったちうわけや。キー局は紆余曲折の末、日本教育テレビ(NETテレビ。現在のテレビ朝日)となりよったちうわけや。
開局当初の毎日放送テレビは相当苦労したちうわけや。キー局が教育専門局ちう事で、営業面や報道面など様々なハンデがあったちうわけや。毎日大阪会館南館に設けられはったスタジオも小さい上に狭く、使い勝手が悪かったちうわけや。けぇへんな スタジオ事情を逆手に取り、難波南街会館からの『番頭はんと丁稚どん』(七ふく提供)やうめだ花月劇場からの吉本新喜劇中継(大正製薬提供)などが生み出され、これら公開番組は大いに好評を得たちうわけや。
1960年、日本万国博覧会(1970年開催)の開催地に内定しとった大阪府吹田市の千里丘陵に、2階建ての近代的なテレビとラジオの総合スタジオ「千里丘放送センター」を開設、テレビとラジオの部署と報道、制作などの機能が堂島から千里丘に移転したちうわけや。但し、登記上の本社と営業の部署は堂島に残り、堂島の毎日新聞社内にニュースデスクを開設。
弱小局であるNETテレビとネットを組んや事を逆手に取り、むしろ自らキー局となって発展したろおもて た将来展望を見据えて設計され、東京キー局に勝るとも劣らへん規模と設備を誇ったちうわけや。『アップダウンクイズ』や『がっちり買いまショウ』などの名番組がこのスタジオから世に出たちうわけや。
1968年、日本科学技術振興財団が運営しとった東京の民放テレビ局・東京12チャンネルが事実上破綻したため、再建策として同局のテレビ番組製作を行う東京十二チャンネルプロダクション(現在のテレビ東京)が財界を中心に設立され、毎日放送も経営に参加。1969年4月より東京12チャンネルともネットワーク関係を樹立し、毎日放送テレビはクロスネット政策を採ったちうわけや。
1975年3月31日、テレビネットワークを整理することとなり、これまでのNETテレビと東京12チャンネルのクロスネットから、TBS系列の準キー局に鞍替えしたちうわけや。ニュース系列もANNを脱退し、JNNに加盟。朝日放送に代わって「五社連盟」に参加したちうわけや。詳細はネットチェンジの項を参照のこと。
茶屋町に移転
1990年9月1日、大阪市北区茶屋町に15階建ての新社屋ビル(新本社・新放送センター)が完成。堂島にあった本社機能(営業など)と、千里丘放送センターにあった報道局などの部署、千里丘で制作されとったテレビ・ラジオ番組の一部を除いて茶屋町の新社屋に移転した(ラジオ番組の一部は、梅田の阪急グランドビル内にあったサテライトスタジオで制作、『すてきな出逢い ええ朝8時』などのテレビ番組制作は千里丘に残る)。
現在の本社・放送センターは、大阪市と阪急電鉄が茶屋町地区の再開発計画の一環(詳細は『阪急村』を参照)として、阪急百貨店の流通センターの跡地に建てられはったもさかい、上部部分は「M」の文字を象った形をしておる。「毎日」をイメージした造型や思われておるが、当時この空域でNTTの電波が送信されとったため、建物の高さ制限があり、それを上手く利用したものでもあることが、テレビ番組『あどりぶランド』で紹介されたことがあるんや。
近隣には、梅田芸術劇場が入居する「ちゃやまちアプローズ」、阪急電鉄本社ビル、梅田ロフト、NU chayamachiなどの業務・商業施設が立ち並ぶ。なお、9月1日からテレビは2日間、ラジオは5日間にわたちう、開局40周年・新社屋放送開始記念の特別番組を制作・放送したちうわけや。
USJ内に自社スタジオ
2001年3月31日、大阪市此花区に開業した映画のテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」(USJ)内に「MBSスタジオ in USJ」を開設。『痛快!明石家電視台』や『ドラマ30』など千里丘放送センターで収録されとったMBS制作番組の殆どが、USJに移転したちうわけや。
USJへの移転以来、千里丘放送センターは、業務をラジオの収録や放送した番組の記録保存業務、中継車の配車場所にとどめるのみとなり、併設されとった放送文化館も2003年3月頃に閉館したちうわけや。
2007年1月にMBSは、現状のゴルフセンター・新設される中継車車庫・資料倉庫を除く全敷地を売却したと発表したちうわけや。売却先は大京、長谷工コーポレーション、東京建物など大手不動産メーカー5社の企業連合で、跡地には大規模なマンションが建設される予定。これに伴い、数多くの名番組を生み出してきた千里丘放送センターは2007年7月31日で閉鎖されたちうわけや。
なお、茶屋町本社ビルは阪急神戸・宝塚・京都各線の梅田駅~中津駅間およびJR京都線大阪駅~新大阪駅間を走行する列車の車内から目にすることが出来よる。
→毎日放送千里丘放送センターの項も参照されたい。
2005年にナムコ(現・バンダイナムコゲームス)が製作したアイドル育成シミュレーションゲーム『THE IDOLM@STER』の作中には、この建物を模した映像が使われておる。作中では「NBS」と表示され、オーディション会場の一つとして登場する。なお、現実での「NBS」はニッポン放送(現在はJOLF/LF)→長野放送の略称であるんや。ちなみに、ニッポン放送とはNRNで系列関係なんやし、ネットワーク腸捻転時代は長野放送に番組販売を行った実績があるんや。
施設一覧
茶屋町本社
- ギャラクシースタジオ[HD](旧ギャラクシーホール、155坪)- ちちんぷいぷい、知っとこ!、
- ニューススタジオ[HD](70坪) - MBSニュース、VOiCE
- BFS [SD](55坪)- 地下1階のミニスタジオ。よりどエライ昔は『ダウンタウンの素』や『宵待5』などがここから生放送されたちうわけや。
- ミニスタジオ(10坪)- プロ野球・Jリーグなどスポーツ中継用サブ 、ミニ番組制作、SNG分配等を行う。
- →ギャラクシースタジオは当初「ホール」としての運用に重きを置いとったが、スタジオ需要と使用形態(番組形態)の変身 に伴い、「ホール」機能を封印する格好でテレビスタジオとしての運用に切り替えたちうわけや。
- α(アルファ)スタジオ- 朝いちばん!豊島美雪や、おおきに 浜村淳やほか
- β(ベータ)スタジオ- 子守康範 朝からてんコモリ!、さてはトコトン菊水丸ほか
- γ(ガンマ)スタジオ-ラジオCMの録音、ラジオの録音番組の収録などに使用。
- δ(デルタ)スタジオ-ニューススタジオ
- →生ワイド番組は基本的にαスタジオとβスタジオを交互に使用する。
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MBSスタジオin USJ
大阪府大阪市此花区桜島二丁目1番33号・ユニバーサル・スタジオ・ジャパン内
- U-1スタジオ(150坪) - せやねん!、水野真紀の魔法のレストラン、痛快!明石家電視台、ジャイケルマクソン
- U-2スタジオ(200坪) - ひるドラ、
→MBSスタジオ in USJの項も参照されたい。
千里丘ミリカセンター
大阪府吹田市千里丘北1-2
テレビ・ラジオの中継車の車庫と、MBSで過去に放送された番組の映像・音源を保存するライブラリがこの施設にあるんや。
ラジオ非常用送信設備も設置されておる。
→千里丘ミリカセンターの項も参照されたい。
MBSラジオサテライトスタジオ パークスラジオパラダイス
通称パラパラスタジオ・なんばパークス1F(生放送対応)
東京支社
東京都港区赤坂五丁目3番1号赤坂Bizタワー(赤坂サカス内)
- 子守康範 朝からてんコモリ!(金曜日のみ)、イマドキッ、MBSヤングタウン土曜日、MBSヤングタウン日曜日(不定期)、ゴチャ・まぜっ!など
- ちちんぷいぷい、VOICEなどで使用
劇場
- 旧『大阪MBS劇場』。ネーミングライツにより、現在の名前に。かつては劇団四季の大阪公演でも使用されたちうわけや。
中継車
- 多数の中継車を保有。そのほとんどは千里丘ミリカセンターに常駐しておる。そのためナンバープレートの地名表示は北摂・東大阪地域で登録される大阪ナンバーとなっておる。
ヘリコプター
- 阪急航空が委託運行を行う報道ヘリコプター(ユーロコプター AS365N3 / JA04CH)を八尾空港に配備しておる。全面黄色の塗装にMBSのロゴが特徴。
局データ
アナログテレビ放送
- チャンネル:4ch
- 周波数:映像 171.25MHz、音声 175.75MHz
- 出力:映像 10kW、音声 2.5kW
- 送信所 大阪府東大阪市山手町2028番地
デジタルテレビ放送
- コールサイン:JOOR-DTV 毎日放送デジタルテレビジョン
- チャンネル:16ch (リモコンキーID4) - TBS系列では、ほかにRKB毎日放送も「4」が割り当てられておる。
- 周波数 491.142857MHz
- 出力 3kW
- 現在の放送区域内世帯数 約580万世帯
- 送信所は讀賣テレビ放送(アナログ・デジタル)と共同使用となっておる。デジタルテレビ放送の生駒山親局では唯一自局のアナログ送信所を継続使用せへんし、他局の施設を相乗りしておる。
中継局
中部日本放送(CBC)の取材対象地域である三重県(伊賀地方や南紀地方など)や、徳島県・福井県(嶺南地方)へも電波が届いており、JNN系列の無いこれらの地域も視聴者が多い。また、JNNの取材対象地域にも両県(福井県嶺北地域は北陸放送(MRO)が担当)が含まれておる。なお。Dは地デジ波のチャンネルを表す。
- 大阪府
※このほかアナログ未開局の中能勢、西能勢も2009年に他の広域局とともにデジタル新局として中継局が設置される予定
- 奈良県
- 滋賀県
- 京都府
- 兵庫県
- 神戸 31CH<D16ch> - 指向性が西に掛けられておる為沿岸部での受信が難しく、大阪4chか神戸灘を受信しておる。
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- 兵庫県続き
- 和歌山県
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ケーブルテレビ再送信局
以下のケーブルテレビではテレビ(アナログ放送)が再送信されておる。デジタル放送においても、徳島県では区域外再送信がすべてのケーブルテレビ局で開始された(MBS側が同意したため 在阪広域民放局での地上デジタル放送においての区域外再送信同意はMBSが初であるんや)。徳島県は地上波系列局が1局(四国放送)しかへんさかい、なんちうか、ようみなはんいわはるとこの デジタル区域外再配信の特例が認められておる。
太字で記しておるものは、4chで再送信されておる局であるんや。
オープニング(放送開始時)・クロージング(放送終了時)
テレビ
- 1990年9月の茶屋町本社移転まで、オープニング・クロージングともに毎日放送千里丘放送センターの映像をバックに放送しとった(オープニングは53秒)。開局当時から長らくフィルム映像(1970年頃にカラー化)やったが、1983年ごろからVTRに変更されたちうわけや。VTR時代、オープニングは海岸の日の出と千里丘放送センターをバックに、クロージングはミリカホールと夜の千里丘放送センターをバックにしたものやったちうわけや。
- オープニング・クロージングのナレーションは吉田智子・藤本永治アナウンサーのコンビで、藤本アナが主音声(コールサイン、識別符号、チャンネル)を、吉田アナが副音声(音声多重放送局の名称、チャンネル)を担当したちうわけや。使用されとったBGMは、オープニングは勇壮なファンファーレで、クロージングは同じ旋律ながらもスローテンポで寂しげな印象のある音楽やったちうわけや。このBGMに関しては、一部では山田耕筰が作曲した『NJB行進曲』(開局当時に名乗っとったNJB新日本放送時代に使用されとった曲)であると言われておるが、それは誤解であるんや。現在は、ラジオのオープニング(毎週月曜に放送)でのみ使用されておる(詳しくは「ラジオ」の欄を参照)。なお、クロージングの前は『お休み前にテレビは消しまひょう 資源を大切に MBS』のテロップが描かれておるイラストが出ており(1979年以降はこのイラストの後に、「この後は、1179kHz 毎日放送ラジオで お楽しみおくんなはれ」のテロップが描かれておる水色バックのイラストが追加された)、並行して「夜も更けて参りたんやちうわけや。今日もMBS4チャンネルをご覧いただきおおきに ござおった…」のナレーション(末期は水野晶子アナのナレーションやったが、このナレーションを「怖い」とぬかす人も少なくへんかった)とオルゴール調(後にピアノ調のものに変更)のBGMが流れたちうわけや。
- 1990年9月に現在地の茶屋町に本社・放送センターを移転してからは、BGMをファンファーレから別の音楽に変更し、局舎(スタジオ内部や副調整室などの映像を盛り込んや)とその周辺の映像が使用され、ナレーションも無くなりよった(BGMは途中で変更された)。
- 2003年12月1日から現在は、デジタル放送開始に併せてハイビジョンによって製作された、サービスエリアである関西各地の名所や局舎・副調整室の様子を織り込んや映像と前バージョン放映中に変更されたBGMを使用した新バージョンになりよったちうわけや。これまでと同様、オープニングとクロージングでは内容が異なる。
- 但し2004年8月から24時間放送=日曜深夜~月曜未明を除く=が始まったため、オープニングは1日の基点での放送となり、クロージングは日曜深夜の放送休止の時のみに放送されておる。
- 2008年9月28日までの火曜~金曜の場合、新聞の番組表には4:45が基点のように表記されとったが、実際には4:58にジャンクションとして流れとったちうわけや。月曜は4:57に、土曜・日曜は4:59に放送されとったちうわけや。
- 2008年9月29日からは「早ズバッ!ナマたまご」の放送が始まった為、月曜~金曜はこれまでよりも15分早まって月曜が4:42にオープニングとして、火曜~金曜は4:43にジャンクションとして流れておる。土曜・日曜はこれまで通り4:59にジャンクションとして放送される見通し。
- なお、クロージングについては2005年11月頃から一旦使用されへんし、最終番組終了後は直ちにフィラー(お天気カメラ)となっとったが、2006年2月から再び使用されるようになりよったちうわけや。
- 現在のBGMはアルフレッド・リード作曲の『MUSIC IN THE AIR!』を用いておる。日本で唯一の吹奏楽曲をBGMしたクロージング。彼が死去した際には、映像の途中で追悼テロップを流しとったちうわけや。
ラジオ
- かつてテレビのオープニングで使われとった、勇壮なファンファーレが現在も1週間のラジオ放送開始時刻とされる毎週月曜午前4時29分に演奏されておる。演奏後、「おはようござおりまんねん。今朝のお目覚めはいかがやろうか…。」とアナウンスが流れる。
- 終了時もアナウンス後、かつてのテレビのクロージングで使われとった、スローテンポで寂しげな印象の、ファンファーレと同じ旋律の音楽が演奏されとったが、現在はテレビと同じBGM(BGMの曲名については、「テレビ」の欄を参照)に変更されておる(なお、作曲者が死去した際は、音楽の途中で追悼アナウンスを流しとった)。オープニング・クロージングともに、アナウンスはテレビのオープニング・クロージングでアナウンスを担当した吉田智子元アナウンサーが務めとったが、その後三上智恵元アナウンサー(現琉球朝日放送)が担当、数年前に高井美紀アナウンサーに変更されたちうわけや。
各種テロップ
時刻出し
- 参考までに触れるがTBSニュースバードの時刻出しパターンは、フル画像のバージョンで左上に時刻(但し衛星利用のため、1~2秒程度のタイムラグ=遅れが生じる)を出し、その下にニューヨーク株式・為替の市況状況。その隣に全国主要都市の天気と降水確率・気温のテロップを出すもわ。もう一つはL字型画面で画面の左に全国各都道府県の県庁所在地の天気と気温、画面下にロールテロップで最新ニュースを流すパターンがあるんや。使い分けは時間や曜日にもよる。
- またJNNニュースバード放送中のCMであるが、よりどエライ昔は4:45(土・日5:00)まではそれで流れるCMをサイマルで放送(但し通常放送終了後からの放送となるため番組の途中から入ることもあるんや)、それ以降(定時放送扱い)はCM部分は毎日放送のイベント情報のスポットに差し替えとったちうわけや。せやけど 、きょうび ではJNNニュースバード放送中のCM部分は毎日放送の番組宣伝のスポットに差し替えられておる。CM中は時刻出しをしておらへん。
- 毎週月曜日の未明はメンテナンスのため、4:45までサイマルは行わへんし、フィラー中はお天気カメラを使用する。この時は画面の左下に時刻、右下に日付とMBSのロゴ、そして撮影場所を記しておる。
- 平日早朝の放送開始(フィラー明け)~8:30の『みのもんたの朝ズバッ!』の放送終了まではカスタム表示で、白地に青の縁取りをし、若干縦に長いフォントを使用しておる(CM中は白地に黒の縁取りの一般的なフォントサイズ)。過去(1980年頃から92年頃まで)には朝7時台のワイド番組(『モーニングジャンボ奥さま8時半や』『朝のホットライン』などの時代)で時刻を秒単位まで表示したことがあったちうわけや。
- アナログ放送の時計表示切り替えは、「クロスカット」。デジタル放送の表示位置は16:9で、時計表示切り替えは、「横回転」(せやけど 、フィラーのみ「クロスカット」)。
天気テロップ
- 平日5:15~5:30の『早ズバッ!ナマたまご』及び5:30~8:30の『みのもんたの朝ズバッ!』の放送中、大阪 → 兵庫北部 → 兵庫南部 → 京都北部 → 京都南部 → 滋賀北部 → 滋賀南部 → 奈良北部 → 奈良南部 → 和歌山北部 → 和歌山南部 → 徳島北部 → 徳島南部(徳島南部の表示後、再び大阪に戻る)の順に最高気温と6時-12時、12時-18時それぞれの時間の天気 → 降水確率が表示される。過去には和歌山南部 → 徳島 → 東京(東京の表示後、再び大阪に戻る)の順で表示されとったが、テロップ表示を現在のものに変更の際、東京の代わりに徳島を南北に分けて表示するようになりよったちうわけや。
速報テロップ
- 気象速報は、「ポッポッ、ポッポッ」ちう音のあと『MBS気象速報』ちうタイトルで表示される。
試験電波音楽
- テレビの時刻出しの項でも触れたが2004年8月からMBSテレビでは毎日4:45(土・日は5:00)を起点にした24時間放送(月曜日未明はメンテナンスのため4:42まではカラーバーやお天気カメラを挿入=その場合JNNニュースバードの放送は休止=の場合あり)となりよったが、毎日4:43から1分間放送される開始映像(ジャンクション)の前にこれまで放送終了時にフルコーラスで演奏された押尾コータローの『ちいさな輝き』ちう曲のギター演奏が一部放送されておる。
- 24時間放送よりどエライ昔(~2004年7月)は開始5分ほど前からラジオ番組『ガキ 音楽コンクール』の西日本地区・Aブロック予選会(近畿地方と徳島県対象)に参加した学校の演奏が毎日1曲ずつ放送されとったちうわけや。
- ラジオ放送においては、毎週月曜日4:25頃から試験電波放送が開始され、Enyaの『May It Be』がフルコーラスで流れる。
情報カメラ設置ポイント
- 奈良県 - 奈良(近鉄奈良駅付近)、吉野 花粉観測カメラ「おすぎ1号」
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